
この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上 (100周年書き下ろし)
白石一文が2009年に講談社から刊行した小説です。
きっかけ
個人的には白石一文の小説は「一瞬の光」「不自由な心」「僕のなかの壊れていない部分」の3冊を読んでいて、これが4冊目です。今回の「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」は以前から「いつか読もう」と思っていた作品でした。自分が白石一文の小説を読むきっかけになったのはROCKIN'ON JAPAN編集長の山崎洋一郎(アンチ村上春樹派)の影響が大きいからです。その山崎さんがブログで書いていました。RO69 - 山崎洋一郎の激刊!編集長日記 - この胸に深々と突き刺さる矢を抜 け
おびただしいコピペの連続、思考を極めるのではなく振り回してカスを吹き飛ばすような強引さ、他人に対する潔い断然と無理解、そしてそれら小説的無茶を全てわかった上でやる知性。なぜやるのか?
届けるべきメッセージがはっきりとあるからだ。
ポップスでもヒーリング・ミュージックでもフォークでもパンクでもなく、
優れたロック・アルバムを聴くのと同質の手応え。
まあ実際、この感想のおかげでこの本を手に取ったわけでは無いのですが、わりかし音楽関係者の方が読む小説は気になるんですよ。利害が一致しないことが多いから無責任に書けるだろうし、音楽メディアだから小説を扱う必要もないわけで。山崎さんの書いたものを通して自分は白石一文と樋口毅宏を知りました。山崎さんの邦楽ロックのプッシュはあまり信用していないのですが、小説に関しては今のところかなり精度が高いです。
膨大な引用とそれに対する持論
この作品にはおびただしい量のコピペがが引用されています。巻末の主要引用文献から一部を引用します。ミルトン・フリードマン『政府からの脱出』
堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』
湯浅誠『貧困襲来』
岡田克也『政権交代 この国を変える』
ポール・クルーグマン『格差は作られた』
これらの他にも様々な本から一部を抜粋して掲載し、その上で主人公や主要登場人物がその内容について自らの意見を論じています。特にマクロ経済学者のミルトン・フリードマンへの批判は辛辣なものでした。自分は大学で経済学を専攻していたので、この作品の主人公が話していることがかなりズレていることはわかったし、多分作者もそれを認識しつつ突っ走っている感じがします。「その辺が白石小説だなあ」と思いつつ、ニヤニヤしながら読みました。
今年のはじめに読んだ「僕のなかの壊れていない部分」もそうだったのですが、白石作品の主人公はかなり理屈っぽくて嫌なやつです。僕が読んだ範囲では、高収入で理屈屋で女に不自由しない主人公で、それはもう嫌なやつばかりです。それにもかかわらず彼の理屈に聞き入ってしまうのは、極論を血肉化しながらタフに生きている主人公がカッコいいからだと思います。今回の主人公もなかなか魅力的な人物です。
感想
しかし今作は主人公の語りが少しうざすぎました。主人公だけじゃなく、他のキャラまで理屈を並べ立てていてさすがにうざかったですね。サンプリング→極論の本数が多かったのもあるし、物語の筋とそのキャラたちの主張の必然性を読めとれなかったことが大きいです。ただ今作の物語の大筋に関しては、過去の白石作品の中で一番おもしろかったのが困ったところなのです。キャラクターの動向や関係性については一番エンターテイメントしていたのですが、脇道が多すぎるというか、逆にそれを力技で読ませるという勝負に出たことはわかったのですが、僕はついていけなかったです。まあ「僕のなかの壊れていない部分」からいきなり7年後に刊行された作品を読んだ僕側の事情もあるのでしょうけど。
とはいえ、やっぱり白石一文の作品は好きです。またちょびちょび読むと思います。あと多少描写が間違っていたけど、自分の出身地が登場したことがわりかしうれしかったです。(★6)
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コメント
コメント一覧 (1)
この胸に深々と突き刺さる矢を抜け って読んでみたいと思いました。
上下巻でちょっとさけていたんですが、この感想で一気に興味が。
ちなみに新作の『快挙』も読みましたが、初の夫婦小説にチャレンジされたとのこと。
読みましたけど、なかなか良かったです。いろいろ考えることができる作品です。
いろんな感想サイトを読んだりしているんですが、白石さんを評しているサイトも
見つけました。
http://www.birthday-energy.co.jp/
詳しくはサイトの管理人に訊いて頂くとして、辛いことが多いからこそ描ける世界らしいです。
なかなかいろんなバックボーンをお持ちのようですね。