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 最初に聴いた瞬間に思ったのは「これをやるために毛皮のマリーズをやめたのか」という怒り。シンプルで統率のとれたロック。ラルクを活動休止し、『666』でバンドセットのライブを始めた時のHYDEに近い。わかりやすいし、かっこいい。しかしこれをやるために毛皮のマリーズを解散させたのだとしたら釣り合ってない。活動休止で良かったのじゃないかというのが最初の感想。

 丸山、山中、菅の前歴は知らないせいか、志摩のソロバンドの印象が強い。それと同時に毛皮のマリーズは志摩に取ってやはり制約の多いバンドだったと思った。だからこそ毛皮のマリーズは歌謡、フォーク色の強い文学的なロックバンドに進化したのだけど、それでも志摩はもっと自由な音楽を求めていたのだと思う。演歌を極めてジャズに挑戦した八代亜紀のように。

 とにかくこのアルバムの志摩は自由で、普通にかっこいい。そして毛皮のマリーズを含めた作品の中で一番聴きやすい。最初は物足りなさを感じていたけど、何度も聴いているととても純粋でぐっと来る。耳が楽しい。久しぶりにロックが楽しいと思った。

 ただここまで純粋に音楽が良いと、逆に一般的には印象に残らない作品になりそう。当然、毛皮のマリーズと比較されてしまうし、僕個人としては毛皮のマリーズより好きだけど、『THE END』のボリューム感には劣る。でもそれは別にどうでもいいことであって、とにかく志摩は今楽しそう。幸せそうに見えてこっちもうれしくなる。

 昔、毛皮のマリーズはTHE YELLOW MONEKYのフォロワー的な扱いを受けていた時期があって、トリビュートアルバムに参加したり吉井和哉と対談したりしていた。毛皮のマリーズを解散したあとの志摩が、吉井のソロ1stの『at the BLACH HOLE』のような自己を投影した作品を作らず、そういう作品は毛皮のマリーズの最後の2作で消化し、純粋にロックをやろうとしているところが吉井と真逆で、だからこそ面白い思った。意識していないのか、それとも意識して全く別の道を歩んだのかどちらかはわからないけれど、吉井和哉の後継者は志摩遼平だと勝手に思った。

 まだ書くのは早すぎるけど、ドレスコーズでたくさん経験して、いつか毛皮のマリーズを復活させて欲しい。解散から復活が当たり前の時代の新しいモデルケースになると思う。本当にすばらしい復帰1stだと思う。